「寂しい絵だったな」
注文を取り終えたウェイターが去り、コップの水を一口飲んで洋は言った。
モーリス・ユトリロ、二十世紀前半にパリで活躍した画家。壁の白が有名、らしい。俺たちは都内の百貨店で行われている展覧会を観て、喫茶店に落ち着いたところ。
「でも、明るかったよね」
俺がそう言うと、洋は少し意外そうな顔をした。
「……なるほど、宗介はそう観たか」
十代でアルコール依存症、母やその夫(ユトリロの年下の友人)の金蔓、妻に閉じ込められて絵を描かされる……そういう、解説文の陰惨さからすると、絵は随分と明るく見えた。カラッととかぱきっとってほどではない、少し湿り気のある、けれどすっきりと明るい、ような。その絵を「寂しい」と言うのはむしろ、その生涯に対するイメージから来る印象ではないのか、とか思ってしまったりするくらい。さすがにそれをここで言ったりはしないけど。
「……そうか、そうかもな」
洋はまだ一人で何か考えている。
「……寂しい、かあ」
だから俺も考えてみる。
明るいと、思ったんだ。
もちろん、こどもがわいわい楽しそうにしているような、そういう賑やかな無邪気な明るさではなくて。
たとえば、誰もいないサンルーム、植物も置かれていない白い石の床に、大きな窓から燦々と陽の光が降り注いでいるような。
……ああ、そういうのを、寂しいって言うのか。
チョコのパフェが運ばれてきて、洋が待ちきれない顔して「お先に」とつつきだす。
「たしかに、寂しいかも」
プリンアラモードのプリンを掬いながら小声で言ってみたら、洋は一瞬こちらを見て、ぱくりとチョコアイスを口に入れるとうれしそうに笑った。

 

(20200317/初出

  • ユトリロ展の感想(?)