- 文庫/50p/¥400-
- 20180506(第二十六回文学フリマ東京)発行
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九月十四日
六畳一間、ありふれたアパートの一室だった。散乱する服や雑誌やその他よくわからないものたちに埋もれかけて床の一角をくたびれたベッドが占領し、ちいさなテレビの真ん前はかろうじて布団を脱いだこたつが陣取っている。すべてが雑然としていて、すべてが等しく個性を主張し、すべてが等しく埋もれている。
そんな、なんてことない部屋だった。
女は一人、途方に暮れたように立っていた。
七月六日
なんとはなしに、二人でテレビを見ていた。テレビは相変わらず退屈で、けれどつい点けてしまう程度には、日常の方が退屈だった。退屈な日を退屈なテレビを見て潰して、気づけば夜の七時だった。
「夜ご飯何食べる?」
「んーーなんでもいーなんか適当に作ってー」
こたつに頭を乗せたまま、間延びした返事を寄越す。
なんでもいいのが一番困る。
「……ってか、あたしが作るの?」
そんな話はしてない。はずだ。
「自分から聞いたんじゃん」
わりと斬新な決め方だな。というより、勝手すぎる。
「たまには自分で作ろうとか思わないのかよ」
「えーめんどくさーい。あたし下手だし」
「……一人暮らし四年目のくせに」
「最近は買っても安いもん。それに誰かさんがしょっちゅう作ってくれるし」
にやにやときらきらの混ざった目で見上げてくる。
何か間違ってるぞ、その思考。
「ブルジョアめ……。作らないよ。そこの弁当でいい?」
「うん。あ、あたしハンバーグがいい」
希望あるんじゃねーか。
財布と携帯をポケットに入れて、玄関へ向かう。めんどくささを一番解消してくれるのは金だ。
「いってらっしゃーい」
相変わらず間延びした声を背中に聞いて外へ出た。なんとなく、閉まるドアをあいつが見てる気がしたのは、なんでだろう。
九月十四日
女はその雑然とした、はっきり言ってしまえばかなり散らかった部屋で途方に暮れていた。
「これ一人で片付けろってか」
今更確認するまでもなく散らかっていることはわかっているのだが、つい見渡してしまう。散らかっていることなんてわかりきっていたしこれまでは特になんとも思っていなかった──とっくに慣れてしまってそんなもんとしか思っていなかったが、こういう事態になれば話は別だ。これを一人で片付けるのがかなり骨の折れる作業なことくらい、考えるまでもなかった。
すでに今日何度目かわからなくなっている溜め息をついて、仕方なさそうに手近な服を手に取ると畳み始めた。
七月十日
テレビの前のテーブルで──といってもこの部屋にテーブルなんてこたつ一つしかないけど──そこそこ必死にレポートを書いていた。
「進んだー?」
……なんであんたは呑気にこっちを見てるんだ。なんでもう手が止まってるんだ。
「少しは」
声は勝手に低くなった。
「終わりそう?」
思わず怒鳴りたくなるのをこらえる。
「終わらす」
「いいね、その気合い」
だからへらへら笑ってる場合じゃないだろうが。
「ごちゃごちゃ言ってないであんたもさっさとやる」
「えーだってもうわかんないー」
「出さなきゃ落ちるよ」
このレポートの締切は明日だ。明日の授業で出せなければ単位が取れない。
「いーもん」
「良かないでしょ、あんた単位やばいんだから」
こいつは毎年ぎりぎりで進級している。むしろこれまで留年してないのが不思議なくらい。
なんで単位は焦る必要のない私の方が必死になってんだ。
「もー疲れたー休憩しようよ休憩ー」
「うっさい。勝手にしてろ」
「あっひどい」
構うつもりも休憩するつもりもないけど、なんとなく顔を上げてみる。目が疲れていることに気づく。しばらくレポート用紙や資料と睨めっこだったからか。でもまだ半分残っている。テーブルの反対側では呑気と不満の入り混じった目がこっちを見ていた。いやいやいや、私は悪くない。
「とっととやれ。さもなきゃ留年」
ちょっと信じがたいが、こいつも就職は決まっていた。卒業できなければ就活もやり直しだ。就活なんて二度とやりたくない。……こいつがどうかは知らないが。
「これ一個じゃわかんないって。まだ前期だし」
まだ言うか。
「そうやってやらない方向にもってかない」
「ちぇ」
静かになった。レポートを書き出したらしい。……いつまで続くかは謎だが。びっくりするくらい集中力がない奴だ。自分の思いつきで始めたことはともかく、勉強やらバイトやらにはとことん向いてない。どうやって大学入ったんだ。
「ねー」
案の定、もう集中力が切れたらしい。早い。いくらなんでも早い。
「ねー」
無視だ。こっちは今やっと佳境に差し掛かったとこなんだ。
「ねーってばー」
ここを過ぎれば終わりが見え……
「ねえ!」
「……なに」
ああ、また負けてしまった。
「夏休み何すんの?」
「さあ」
というかもう夏休みの話か。まだ先だろ。今書いてるレポートにプラス試験が三つとレポート三つ終えないと来ないぞ。って我ながらなんでそんなに授業を取ってるんだろう? 三分の二落としてもまだ卒業できる。……まぁ、こいつはほとんど取らないと留年だけど。
「予定ないの?」
「京都くらい行くかも」
思いつきだった。とりあえず返事をするために適当に取り出した答えだ。子供の頃は夏に京都に行ってたというだけの話。今年の夏の具体的な予定は何もない。最後に京都に行ったのはいつだっけ。
「暑くない?」
「暑いね」
真夏の京都は死ぬほど蒸し暑い。暑かったという記憶はあって、たぶん今も夏の京都は暑いんだろうと根拠もなく思う。
「あんたの予定は?」
「ないよ。なーんも」