- 文庫(トレペカバー付)/86p/¥500-
- 20170212(第1回静岡文学マルシェ)発行
- 通販(架空ストア)
永遠まで、あと5秒
大きな、壁の一部と一体化したようなモニターのあちこちに、小さな赤い点が灯っている。
緑の点は一つもない。
「みんな、寝てるの?」
***
いつかの遠い未来、かもしれない話。
何度かの大戦で様々に破壊され、資源は枯渇し、宇宙への進出が加速して人口は減少し、地球は荒廃の一途を辿っていた。
やがて人類の九割以上は地球外に暮らすようになり、地球にいるのは、何らかの事情で地球外に住むことのできない者たちだけになった。
もはや国も統治機関もなく、食糧も資源も乏しく治安も悪い、生活には向かなくなった地球に残った人々は、小さなコミュニティーで閉じこもったり、あてどなく彷徨ったりしていた。
希望と呼べるものはないに等しく、信じられる者などいないのが普通。
そんな地球で囁かれる噂話。
この星のどこかに、まるで前時代のように人々が穏やかに、平和に暮らしている街がある。
その名は「エーヴィヒ」。
永遠を意味する名前の通り、永遠の理想郷なのだと。
***
「ねーハルアキ! ほんとにこっちで合ってるのー!?」
ジャオが少し後ろを歩く青年に声を張り上げる。
「合ってる。長い道中で何度も訊くな」
ハルアキと呼ばれた青年は、自分の少し前をぷりぷり歩く少女にめんどくさそうに答えた。
ジャオが苛々するのも無理はない。もう三日も荒野を歩いているのだ。
未だ、街どころか建物一つ見えてこない。
この荒野に入ってからこれまで、街の址を二つみかけたが、どちらも人がいないばかりか建物は崩れ、廃墟を通り越して荒野の一部になりつつあった。
このあたりは、コミュニティもなく放浪する人もほぼいない、殺伐とした荒野が広がっている。
「エーヴィヒに行きたい」
荒野の案内人を自称する青年に、ジャオ──朝という名前の少女はそう言った。琥珀の肌に黒髪黒瞳、大きな瞳がしっかりと青年を見る。
「なんで」
ものすごくめんどくさそうに訊く青年に少々イラつきながらもジャオは言った。
「平和なんでしょ、そこ」
前時代のように穏やかに、平和に──
「見てみたいじゃない、どんなところなのか」
誰も信じていない。そんなところがあったらいいなというお伽噺だ。
「どうせ一人なんだし」
エーヴィヒに行きたいと言うとみんな嗤ったけれど、一人で彷徨うなんて、この星では普通だ。その最中にあっさり死ぬことも。
だったら、どうせなら見たいものを見たい。探したかった。
ジャオと同じく黒髪黒瞳の青年はジャオを見て少し考えるような顔をして、金額を言った。
「ちょっと! 高いんじゃない!?」
荒野なら多少高いかもしれないと思っていた、それよりさらに高い値段を提示されて思わずつっかかる。ぼったくられるのはごめんだ。
「ちょっと遠いんだよ、わかりにくいし」
「…………ほんっとうに、知ってるんでしょうね?」
ジャオが青年を睨んでも、青年は相変わらずめんどくさそうにしているだけだ。
「……ほんっとうに、連れて行ってくれるのね?」
「その金額払ってくれるなら」
「……わかった」
そうして、ジャオは「ハルアキ」と名乗った青年と荒野を歩き出した。
荒野と呼ばれるそこは文字通り荒野だった。
見渡す限り広がる乾いた大地。
植物も少なく、動くものはもっと少ない。
その日、人の生活の痕を見ることはなかった。
「なんでハルアキはエーヴィヒを知ってるの?」
それはジャオからすれば当然の疑問だったが、ハルアキはめんどくさそうに
「さあ」
と言うだけだった。むしろ、
「あんたはなんで行きたいんだよ」
と胡散臭そうにジャオを見ながら言う。
どう考えたって、胡散臭いのはハルアキの方なのに、とジャオは思ったが、ひとまず言わないでおいた。
「平和なんでしょ、そこ」
「またそれか」
「平和ってことは、誰も争ってないし、誰も飢えてないってことでしょ」
ハルアキがジャオを見た。
「きっと、余所者だって半端者だって受け入れてくれるんでしょ」
この地球上では想像することも難しい話。
「誰もひとりじゃないってことでしょ」
ジャオの言葉に、ハルアキは答えない。