- 文庫(カバー付)/60p/¥500-
- 20160501(第二十二回文学フリマ東京)発行
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100万光年の彼氏
遠い銀河系の果ての果て。
そこに浮かぶ恒星の、その周りを回る惑星の、さらにその周りを回る衛星が発見されたのは今から一〇〇年も前のこと。
当時既に人類は地球以外の星への移住を開始していた。簡易な観測の結果、大気は希薄だが、恒星から程よく離れているこの衛星の環境は安定しており、人類の移住にも適していると思われた。
しかし、それまでに人類が進出していた星々からあまりに離れているということを理由に、その星への移住が実施されることはなく、その存在もじきに忘れ去られて行った。
それから一〇〇年。
一台のロケットが、この小さな星に近づいていた。
*
そこは、シェルターのような場所だった。
とある銀河のとある惑星のとある衛星。
その小さな星の地下に、その部屋はあった。
四角い空間、その入り口に程近い壁面には大きな地図。この星の居住区だろうか、画面に映し出されているその地図上には点々と小さな光がいくつか灯っている。地図の周囲ではいくつものモニターが居住区やその周辺と思しき映像を映している。それらの操作盤であろう机と椅子もある。部屋の奥にはソファとローテーブルが置かれ、さらに奥にはキッチンもある。そのあたりは食器などもあり少しは生活感がある。
雑然とした、しかしがらんとした印象の、四角い空間。
外へ通じる唯一の出入口から、宇宙服を着た汐里が大きな荷物を引き摺って来た。部屋の入口で一旦止まるとヘルメットを外して息を吐く。
自分が運んできた荷物を見下ろす。それは彼女よりも大きい円筒形をしていた。
そのとき、外で爆発音が轟いた。
*
「ん……っうわあ!?」
大声にキッチンから戻った汐里の前で、青年はソファにしがみついていた。どうやら起き抜けに落ちかけたらしい。
「……」
青年が汐里に気づき、無言で見つめ合う。
「やあ」
汐里はとりあえず、片手を上げて挨拶らしきものをしてみた。
「……ここ、どこ?」
至極真っ当な疑問だ、と思いながら汐里はここがとある銀河のとある惑星のとある衛星、の地下だと説明した。
「……えっと、てことはちゃんと着いたのか? えっ、ていうかほんとに人住んでたの!?」
「住んでる……ねえ」
青年はなかなか元気そうだ。どこか呑気に汐里は思った。
しかし汐里を見る青年の目には警戒感がある。無理もないのだが、汐里は、危害を加えるつもりはないとでも言うように両手を広げて見せた。
「どこか、痛むところある?」
「いや……」
「よかった。私は汐里。サンズイに夕方の夕と里。君は?」
「……コウ」
「漢字は?」
「ないよ」
「ない?」
「うん」
この時代、それは別におかしなことではないのだが、汐里が怪訝そうな顔をするので、コウは慌てて、最近は漢字で名前をつけないことも多いのだと説明した。汐里の表情は納得したものではなかったが、それ以上は何も言わなかった。
黙った汐里をコウは不安げに覗き込む。
「……あの?」
「ん?」
「いや、俺はなんでここにいるのかなーって」
「ああ」
説明していないことに今気づいた、といった様子で汐里は言った。
「君の乗ってた宇宙船がこの星に墜落したので、そこから救助艇に乗せて拾って……運んできた」
その言い換えは意味があっただろうか、とコウは思ったが、口には出さなかった。
「墜落したのか。……ほかの人たちは?」
「んー、確認した限りでは」
「そっか……あっけないな」
俯いたコウが再び顔を上げる。
「ありがとう。助けてくれて」
「や、お礼を言われるようなことは……」
汐里は謙遜というより困ったような顔をした。
ふと、コウは気づく。
「なんで落ちたんだ……?」
ああ、それは、と汐里が言った。
「たぶん、居住区の誰かが撃ったんだと」