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オメガの記録 花

 降り立ったそこは一面の花畑だった。
 見渡す限り色とりどりの花。ヒマワリ、ユリ、アサガオ、クレマチス、アガパンサス、ポーチュラカ……視界に様々な名称が浮かんでいく。ほかには何もない。花畑には細い道が縦横に走っているがそこを通るものは生物も機械もなかった。色とりどりの花とその名称だけが次々と現れる。目まぐるしく静かな星だった。
 ふと、花畑の向こうに黒い物体が現れた。黒く四角いものが花畑の間の道をこちらへ向かってくる。直方体から、脚だろうか細い棒が下へ何本か伸びている。地面と接する先端には小さなタイヤが付いている。そのタイヤを回転させて、黒い直方体は近づいてきて、僕らの前で止まった。
「こんにちは」
「こんにちは」
 挨拶されて、僕も同じ挨拶を返す。初対面の相手にはそうするのだ。もちろん相手の言語で。黒い直方体の僕らに向いている面には丸くレンズの嵌まっているような場所がある。生物で言うところの目だろうか。
「旅の方ですか」
「ええ、いろいろな星を巡っているんです」
 この答えも定型句だ。もっともこれまでのところ、この質問をしてくる相手自体がいないことの方が多いけれど。
「ここは、花がとても多いのですね」
「ええ、園長の意向で。花に満ちた星に、と」
「園長」
 それはどういう立場だろう。言葉の意味が表示される。とても、星を治める人物の肩書きとは思えない。
「ここは、植物園か何かか」
 隣でAが花畑を見渡しながら言う。
「それが近いかもしれませんね」
 植物園にしては、客が見当たらない気がするけれど。
「広いんですね」
「この星全体を花で覆うのが、園長の意向でしたので」
「全体を」
「園長」
 黒い直方体は大きな目を動かして僕とAを交互に見た。
「よろしければ、研究室へご案内しましょう」
「研究室?」
「園長の仕事場です」
「ありがとうございます」
 この星のことを知るには園長という人物に会うことが必要そうだったからこの申し出はありがたかった。二つ返事でついていくことにしたら、Aは動きたくなさそうに
「こいつ、ここに置いといていいですか」
 と背後を指して言った。直方体のレンズが僕らの背後にある白い物体を見上げる。
「あなた方の宇宙船ですか」
「ええ」
 白いそれは円柱に同じ直径の円錐が乗ったような形をしている。円柱の下には十本の脚がついておりそれで地面に立っていた。
「もちろん構いません。ただ、研究室までは少し距離があるので、陸上移動が可能なら研究所の近くまで来ていただいた方が、お帰りの際に楽かもしれません」
 それで、僕らは宇宙船に乗って黒い直方体の後をついていくことになった。Aは宇宙船の脚を慎重に操作して花を踏まないようにしている。
「狭い道だな」
 三本の脚でバランスをとりながらAが言う。
「空からだとわからないくらいだったもんね」
「まるで、あいつのためだけの道みたいだ」
「あいつ?」
 Aは無言のまま黒い直方体を指した。黒い直方体は粛々と道を先導している。細い道はたしかにその幅にちょうどいい。

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