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ゆがんだ銀河

百人一首アンソロジー さくやこのはな
〇一四(河原左大臣)
陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし 我ならなくに

 まだ昼の空の向こうに仄見える、ゆがんだ銀河。
 二つの銀河が互いの重力の影響でゆがんでいく、いびつな、美しい姿。
 都市部であるこの星からはだいぶ離れているが、あの辺りにも入植しているというのだから人間というのはしぶとくて図々しい生き物だ。
 遠く到底人間の目には見えないその銀河を、わたしの目──正確には目にあたる機関は知覚して、わたしの脳にあたる機関はそれを、まるでわたしの心みたいだ、と思う。
 おかしなことだ。
 わたしはヒューマノイドなのに。
 わたしの心なんてものは、どこかの誰かが、わたしに接した人間がそこに心があると錯覚させるように作り出した反応にすぎない。

 わたしはヒューマノイドだ。
 人間のために作られて、人間のために働く。
 最近はドールなどという、日によっていろんな仕事を割り振られるヒューマノイドも作られ始めているらしいが、わたしは違う。一つの目的を持って作られた。
 もっとも、わたしという存在は元々星間警備にあたっていたもっと安価で単純に見張りだけをするロボットたちから仕事を奪うには至らず、わたしは作られたものの持て余されていたところを今の主人に買われた。
 変わり者だ。目がいいという以外にこれといった特長のないわたしを買って家事をさせている。お金が余っているのだろうか。まぁ、社長というから高給なんだろう。未だに独身なところを見ると、人間の中でもやはり変わり者なのだと思われる。既に五年以上見ているが恋人と思しき相手と長続きしているのは見たことがない。男の外見を持ったヒューマノイドを買ったのは、その方が周囲からの目が面倒でないから、ということらしいが、さして意味のあったことだとは思えない。
 メモリーを確認する。今日は買い物が多い。主人の友人が来るのだ。高校の同級生だとかで、今は研究者をしているらしい。二~三ヶ月に一度やって来て、家で主人とディナーをする。
 主人も変わり者なら、その友人も変わり者だ。
 物静かだが、わたしのようなヒューマノイドにもきちんと礼をして、ときに言葉をかけてくれたり、土産だと言って小さな花をくれたりする。
 うれしくて、わたしはそれらをドライフラワーにする。少しでも長く、自分のものにしておきたくて。
 あの人が何の研究をしているのかわたしは知らないが、来るたびに変な花やら、変わった分子模型らしきものやらを主人への土産として持ってくる。主人は根っからの文系らしく、興味は示しても理解はできないのに。
 だからそれらの変な土産は、最終的にはわたしのところにやって来る。
 かまわないけれど。あの人からのものだから。たとえそれが、元々わたしへのものではなくとも。
 あの人について考えると、わたしは少しおかしくなる。
 会いたくなって、切なくて苦しくて愛しくて、どんなにデータベースを漁って取り出した言葉をいくつ並べ立てても正確に表現できないこの乱れ。
 まるで、人間が言う、恋愛感情かのような思考回路。
 おかしいじゃないか?
 わたしはヒューマノイドで、この思考はどこかの誰かがプログラミングした人工知能で、そこには恋愛感情などというものは含まれていないはずだ。
 そんなものはわたしの稼働には邪魔になるだけだから。
 では、この感情は何だ。
 こんな感情の乱れは知らない。わたしのアクセスできるデータベースでは、恋、という以外に説明してくれる言葉がない。けれどそんなものはわたしの人工知能に含まれてはいない。
 わたしは恋なんてものをしないはずなのだ。
 それなのに、どうしようもなく会いたくて、どうしようもなく切なくてどうしようもなく苦しくてどうしようもなく愛しくて愛しくて愛しくて憎くて、どんなにデータベースを漁って取り出した言葉をいくつ並べ立てても正確に表現できないこの乱れ、
 それは疑いようもなく、あの人の、あの人だけのせいなのだ。

 さあ、今日はあの人がやって来る。早く買い物を終わらせて、ディナーの準備に取り掛からねば。
 視界の端では、二つの銀河がわたしにも感知できない程のゆっくりとした速度でゆがみ続けている。

(2017.03.20/初出

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