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結婚前夜

 明日、新しく叔父さんができる。
 叔母さん――母さんの一番下の妹が結婚するのだ。相手はこの町の人間でないどころか、海を挟んだ隣の国の人だ。
 さっき初めて会ったその人は、僕たちと同じ髪と目の色をして、同じような顔立ちの、あまり背の高くない男の人だった。まだ若い。叔母さんも母さんとは歳が離れていて若いけど、叔父さんの方が年下だという。隣の国は言葉が違うけれど、叔父さんはこの国の言葉も話せる。本人は下手だと言っていたけれど、みんなと普通に会話できているのだから謙遜だと思う。

 ホテルの部屋のベッドの前で、叔父さんはしきりと頭を掻いていた。
 その姿は戸惑っているというよりも緊張しているみたいに見えて、僕まで緊張してくる。
 これはただの風習で、当たり前のことで、緊張することなんて何もないのに。
 結婚式の前夜、新郎は男の子と一緒に寝る。子宝祈願みたいなものらしい。親戚の、『清い』男の子が選ばれる。
 それに選ばれたということは、つまりそういうことだ。僕はまだ女の子と付き合ったことがない。
 本当は二人、僕ともう一人の予定だったけど、直前に叔父さんがさすがに一つのベッドに三人は狭いと訴えて、僕一人になった。
 この場合、もう一人の方がよかったんじゃないかと思う。僕はもう高校生で、細いけれど身長はわりとある。たぶん叔父さんは僕と二人でも狭いと思うだろうと思う。もう一人は小学生で僕よりはだいぶ小さかった。

 一人用のベッドは案の定二人には狭くて、「これ、寝られるかな」と叔父さんは笑った。
 叔父さんはどちらかといえば小柄で僕もそんなに大きい方じゃないけれど、それでもベッドは狭くて、少し身じろぎすると腕や脚が当たる。
 人の体温。
 考えて見れば、誰かと一緒に寝るのなんて、母さんと寝ていた小さな頃以来だ。
「君も大変だね、俺なんかと一緒に寝なきゃいけなくて」
 僕は首を振った。
 そういう習慣だし、問題ない。
 嫌なわけでもない。叔父さんとは今日初めて会うけれど、嫌なことはなかった。
 僕は今のところ、この叔父さん――正確には、明日からの叔父さん、だけど――のことを好きだと思う。
 叔父さんがどう思っているかはわからない。叔父さんの国ではこういう習慣はないのだと、僕は今日知った。
「無理に寝る必要もないだろう」
 ベッドの近くの机の電気だけ残して、叔父さんは世間話を始めた。
 叔母さんのこと、母さんのこと、僕の学校のこと、叔父さんの仕事のこと――
 叔父さんの声は低めで落ち着いている。少しだけ、僕や僕の周りの人たち、叔母さんや母さんたちよりも、話すのがゆっくりなせいもあるかもしれない。
 叔母さんも隣の国の言葉を話せる、怒ると怖い母さん、今年入ったばかりの学校、叔父さんはエンジニアをしている、叔父さんと叔母さんはこの国でも隣の国でもないところで出会って今は隣の国に住んでいる――
 ぽつぽつと語り合うお互いや、お互いに知っている誰かの話は、ああきっと子守唄だ。
 もっと聞いていたくて、眠ってしまうのが惜しくなる。低めで落ち着いた声と話し方、人の体温。

 人の気配に目を覚ましたら、ベッドの脇で叔父さんが着替えていた。
 一瞬、状況が理解できなくてフリーズする。ああ、今日は叔母さんの結婚式だ。
 カーテンの開いた窓から差し込む朝日がまぶしい。
「寝れた?」
 いくらか申し訳なさそうに言う叔父さんの声はちょっと眠そうだ。
 僕のことを心配してくれるけど、叔父さんは寝れたのだろうか。
 その心配を口に出したら叔父さんは、「大丈夫、さすがに自分の結婚式で寝ないよ」と笑った。答えになっていない。
 叔父さんは今日叔母さんと結婚して、そしてまた隣の国で暮らす。この先、そう頻繁に会うことはないんだろう。きっと昨日の夜のことなんて、僕のことなんてすぐに忘れてしまう。
 僕は、叔父さんのことを、昨日の夜のことをずっと覚えているだろうか。それともすぐに忘れてしまうだろうか。
 今日、新しく叔父さんができる。

(2017.11.03/初出

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