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dead asleep

 朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと七日になりました」と言う。
「へえーー」
 寝起きにあえて出してみた声は見事に掠れた。
 何日ぶりだっけ?
 ニュース画面の日付を見る。六月十日。どうりで蒸し暑い。テーブルの上のカレンダーを見る。十月。寝たの何日だったっけ、中旬? もう覚えていない。
 順調に延びてるなあ。
 もうちょっと長く眠っていたら、何も知らずに眠ったまま世界の終わりとやらになってたかもしれないんだな。
 それはそれでよかったかもしれない。
 カーテンを開けて、クーラーを点けて、シャワーを浴びて、髪を乾かして、歯を磨いて、冷蔵庫を開けるとゼリー飲料がいくつか。一つ取って胃に流し込む。爪を切ったらちょっと深爪になった。まぁ痛いわけじゃないしいっか。っていうか切っちゃったもんはどうにもなんないし。部屋着から外に出られる服に着替える。Tシャツとジーパンだけど、まぁ、よれよれのTシャツとスウェットよりは大分マシでしょ。ショルダーバッグに財布が入っていることを確認して、財布の中に現金が入っていることも確認して、バケットハットを被って、スニーカーを履いて、部屋を出る。そういえば梅雨の時期だったかな、と思うけど、今日は晴れている。郵便受けを覗く、チラシが何枚か、封筒や葉書もいくつか、とりあえず鞄に突っ込んでおく。人通りは特に多くない。ちょっと少ないかな? 荒れている感じはない。暴動とか強奪とかそういうのはなさそう。そういう混乱の時期はもう過ぎたのかもしれない。世界の終わりとやらがいつわかったのか知らないけど、もう結構経っているんだろう、たぶん。
 発症以来、大抵のことは眠っている間に通り過ぎていく。
 冬眠病。
 正式名称はもっと長くて冬眠なんて言葉も入ってないけど、まぁ誰も長ったらしくてわかりにくい正式名称なんてわざわざ言わない。
 発症すると、冬眠のように長期間眠るようになる。冬眠が終わるまでは目覚めない。冬眠の前には蓄えるように栄養を摂ろうとする。人間以外の動物の冬眠と違うのは、冬になる時期以外でも冬眠することだ。初期は五〇日程度眠り、二週間程度起きている。だんだんと、眠る期間が長くなり、起きていられる期間は短くなる。やがて、永遠に目覚めなくなってそのまま死ぬ。
 近所のコンビニはいろんなコーナーに「お一人様一点まで」の貼り紙がある。品数も点数も少ないけど、一応ある。生産も物流も動いてるのか。栄養調整食品の一つを手に取ってみると、賞味期限は二週間後だった。こういうのは一年とか平気で保つので、期限の迫ったものを売っているのは珍しい……もう新しいものは作っていないんだろうな。食品はほかにはカップ麺や冷凍食品くらい。弁当とかはない。ショートブレッドみたいな形の栄養調整食品とカップ麺を一つずつ、二リットルのスポーツドリンクを一本。急ぐわけでもないので、袋を手にぶら下げてだらだら歩く。じっとり汗ばんできた。静かだな、と思う。昼間の街ってこんなに静かだったっけ。マンションに着いてエレベーターに乗る。そういえば電気は通じてるんだな。シャワー浴びられたからガスもか。意外とふつうに生活できるなあ。……や、冬眠病でなくて働いたりしてたらもっといろんな影響があるのかな。
 冬眠病発症者は眠っている期間の方が多いから、働くことも学校へ通うことも難しい。大抵は国からの補助を得て暮らしている。特別扱いだと文句を言う人もいたけど、大した額ではない。むしろ増額すべきという運動もあった。起きて活動している期間が短いので、家賃や光熱費以外はそんなに金はかからないのが実情ではある。
 部屋に帰ってまた部屋着に着替えて、郵便受けに入っていたものをチェックする。役所からの封筒は補助金が今月分で打ち切りになる通知、もう一通は昨年度いくら補助金が振り込まれたかの通知。葉書は大家さんから家賃のお知らせ、これも今月分まで。どうやら本当に世界は終わりに向かっているらしい。チラシは、終末の痛みを和らげるという医療なんだか薬なんだか呪いなんだか何度読んでもよくわからない勧誘とか聞いたことのない宗教とかばかりだった。
「世界の終わり、かあ」
 口に出して呟いてみても、よくわかんないな。
 外が暗くなってきた。
 カーテンを閉めて、お湯を沸かして、以前買っておいたカップ麺を開ける。賞味期限はあまり気にしなくなった。起きている期間の食事は眠っていた間の栄養補給と次に眠る期間のための蓄え。そもそももう長くは生きられないのに賞味期限が切れていることくらい大した問題ではない。まぁ起きている間にここぞとばかり美食に走る人もいるらしいから、元々食にそんなに興味がないというのもあるんだろう。
 お風呂に入る。気持ちいい。狭くて体を伸ばせたりはしないけど、やっぱり気持ちいい。ほぐれていくような感じ。
 髪を乾かすのが面倒くさいのはずっと変わらない。洗ってるときも思ったけど、ぼさぼさだな。眠ってる間も髪や爪は伸びるの、どうにかなんないのかな。昼間も洗ったし別にいいかともちょっと思ったけど出かけたし我慢できなかった。夏だし。……あれ、夏はまだか?
 歯を磨いてクーラーを消してベッドに入って電気を消す。
 暗くて天井も見えない。
 こんなに暗かったっけな。世界の終わりが近くて街の灯りも減ってるのかな。それとも、前からこうだったけど覚えてないだけかな。前回眠る前のことを思い出そうとしても、あんまり思い出せない。その前のときのことはもっと思い出せない。どうせ大したことはしてないんだし、って諦めるのも慣れた。おやすみ。
 目が覚める。テレビを点けようとリモコンに手を伸ばしかけてやめる。今日は六月十一日。冬眠には入ってないから一晩で起きる。そういう寝起きは久々だ。今日は出かけなくていいかな。食べるものはあるし。今日も蒸し暑いな。カーテンを開けてクーラーを点けてゼリー飲料を流し込みながら、転がっていた漫画を拾ってめくる。これ何巻だ? 三巻。どうせなら一巻から読みたいな。本棚に……ないな。どこ行った?
 一巻を探していたら昼もとっくに過ぎていた。
 ま、見つかったからいっか。
 最終巻まで読んだら夜だった。さすがにお腹空いたな。ショートブレッドみたいな見た目でショートブレッドより遥かにおいしくない栄養調整食品を囓る。世界の終わりまであと六日。みんなこんなもんばっか食べてんのかな。
 漫画読んでただけの一日だったけど、お風呂には入る。世界の終わりが近くなってもこんなに水が使えるってすごいな。いろんなところで、みんなまだ働いてるのか。あと数日で世界の終わりでも。歯を磨く。誰かが働いてるから点くのであろうクーラーや電気を消す。
 まだ冬眠じゃないから、明日も目覚める。なんだか変な気分。一週間も経たずに世界が終わるのに、夜が来たら寝る。みんなもそうなのかな。それとも、残りを惜しんで少しでも起きてるのかな。……明日も目が覚める、ことは、冬眠病発症者には特別なことだ。だから今日も、おやすみ。
 目が覚める。雨の音がする。カーテンを開ける。雨が降っていることを確認するだけになったな、と思いながらも、とりあえず開けたままにしておく。
 クーラーを点けてゼリー飲料を飲みながら今日は何をしようか考える。やらなきゃいけないことはない、はず。やりたいことは……何だろう? 起きている期間が短いとなると、その間にやりたいことがたくさんあるように思われがちだけど、実際は逆だ。やりたいことなんてそうそう浮かばない。ほとんど眠って過ごしていると、感度みたいなものがぼんやりしてくる気がする。大抵のことは自分には関係ない気がしてくるのだ。本当はそんなことないんだろうけど、でも、眠っている間に過ぎ去っていくことはどうしようもない。で、今日は何しようかな。あ、スマホ見てないな、何も来てないだろうけど一応確認しとくか。ゼリー飲料って最後プラスチックの味になるよな、飲み口の。これどうにかなんないのかな。
 着信はゼロ。来ていたメールは会員登録しているウェブショップからのお知らせばかりだった。途中で飽きて読むのをやめた。知り合いからの連絡なんてものがないことはわかりきっている。冬眠病なんて状態だと友達は減る。家族もいない。仕事もできない。ネットニュースを見るか少し迷って、結局やめた。知りたいことは特にない。スマホに入っていた写真を見てみる。チェーンのカフェの映えメニュー、卒業旅行で行った温泉、職場の先輩が連れて行ってくれたイタリアン、友達と行った夢の国、学食のうどん……なんでこんなもん撮ったんだ。サムネイルを眺めて、時間も場所もばらばらに見ていく。世界の終わりの後、こういうのもなくなるのかな。それとも人間が死ぬだけで物は残るのかな。そうしたら、いつか誰か――人間ではないけれど知能を持った何かが、人間の遺した物を見るのかな。考古学とか、やるのかな。
 ぼんやりと、とっくにアカウントを削除したSNSを眺めて夜になった。知らない誰かが今日も何かを投稿しているのが、なんだかおかしくて、でも全然バカにはできなかった。栄養調整食品を食べて、お風呂に入って歯を磨いてクーラーを消してベッドに入って電気を消す。明日も目は覚める。おやすみ。
 目が覚める。今日も雨の音がする。六月だもんな、梅雨だよな。天気予報とか見てないけど、世界の終わりと気象は関係ないのかな。そういえば、世界の終わりって何だろう? どうして終わるのか知らないな。リモコンに手を伸ばして、やっぱりやめる。知ったところで。冬眠病を発症して以来、大抵のことは眠っている間に通り過ぎていくし、起きている間の出来事も、なんだかあまり重要に思えない。どうせすぐに眠ってしまうのだ。  何をやる気もしなくて、しばらくぼーっとしてから、とりあえずクーラーのスイッチを入れて、それから昨日読んだ漫画を本棚に突っ込んだ。綺麗に並べて入れるスペースはなかったので、横倒しに積む形で文字通り突っ込んだ。入りきらなくて本棚の手前に溢れたけど、入らないんだからしょうがない。続けて部屋の片付けをしたり……はしない。元々きれい好きというわけじゃないし、どうせすぐ眠るし……そもそも世界終わるんだっけ、ほとんど眠ってるような生活なので、ゴミ屋敷になるほど物はない。
 カーテンを開けていなかったことを思い出して、少し開けてみる。雨が降っている。ざーざー降っていて、景色が霞んでいる。晴れていても大した景色じゃないけど。
 カーテンを閉めて、またぼーっとする。
 お腹空いたな。
 お湯を沸かしてカップ麺を食べる。おいしいな。こういう味付けってなんか欲しくなるよね。温かいものを食べたらちょっと気分が落ち着いた。でも何かをやる気にはならないしそもそもやらなきゃいけないことも特にないはずなので、ぼーっとしたり、転がっていた雑誌をぱらぱら見たりして過ごした。これいつの雑誌だろうな、冬服だな、去年十月に眠る前か。表紙を改めてよく見てみる。二年半前だった。全然記憶にないな。なんで買ったんだっけ。
 夜になって、インスタントのスープを飲んだ。元々少食だけど、冬眠病を発症してからさらに少食になった。少食になるのは発症した人に共通して現れる傾向らしい。まぁ楽だし安上がりだけど。
 本当にやる気がなさすぎてお風呂も入らずにベッドに入った。何もしてないしいいでしょ。明日も目は覚めるんだなー。おやすみ。
 目が覚める。雨の音はしない。静かだ。何の気なしにリモコンのボタンを押していた。
「おはようございます。世界の終わりまであと三日になりました」
 三日かー。もうすぐじゃん。お腹空いたなー。
 テレビを消して、カーテンを開けて、クーラーを点けて、冷蔵庫を開ける。ゼリー飲料は最後の一つ。ペットボトルもない。今日は買い物行かなきゃかな。プラスチックの味を吸って、どうしても吸い込めないゼリーをちらっと見て蓋をした。そのままゴミ箱へぽい。着替えてバケットハットを被る。ショルダーバッグはこないだ出かけたときのままだから確認せず斜め掛け。郵便受けにはチラシが二枚。人通りはやっぱり少ない。というか、コンビニに着くまでで一人すれ違っただけ。コンビニの棚は前回より空いている。栄養調整食品、カップ麺、ゼリー飲料、冷凍食品、インスタントのスープ、目につく食品を一品ずつカゴに入れていく。二リットルのペットボトルを入れようとして、カゴに随分物を入れていたことに気づく。……食べたい。そのままカウンターに持って行く。店員は珍しいものでも見るような顔をしたけど、何も言わずレジを打ち始めた。各種一人一品、には違反してない。こないだより重いなと思いながらだらだら歩く。帰りもほとんど人は見なかった。道の向こうを一人自転車で通って行っただけ。
 帰ってすぐに栄養調整食品の封を開けてかぶりついた。噎せかける。少し息を整えて、ペットボトルのお茶をコップに入れて飲む。食べなきゃ。ぼり、ショートブレッドみたいな塊を囓る。噛む。飲み込む。あんまりおいしくない。でも、食べたい。食べなきゃ。冬眠が近い。一気に一箱食べきって、ようやくちょっと人心地。
 出掛けに郵便受けから取ったチラシ二枚、片方は近所のスーパーの閉店のお知らせ。むしろ今までやってたんだ。まぁコンビニもやってるもんな。もう一枚は聞いたことのない宗教の勧誘。熱心だなあ。入信すると死後の世界が保証されるらしい。死後の世界って何だろうな。特に興味はないのでぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に投げた。一発で入った。今日はツイてる。こう思うのは信仰か? たぶん違うな。
 お腹が空く。
 というより、とにかく何かを食べたい。
 冷凍のピラフをチンする。袋に書かれた時間の半分で一度電子レンジから取り出してかき混ぜる。そうでないとムラなく温まらない。もう一度温めたピラフを食べる。インスタントのスープも飲んだ。そろそろ寝よう。いそいそとお風呂に入って髪を乾かしてあー面倒くさい、歯を磨いてクーラーを消してベッドに入って電気を消す。まだ、まだ冬眠じゃない。だから明日も目は覚める。おやすみ。
 目が覚める。今日も雨の音はしない。今日も買い物行かなきゃだな、と思いながらクーラーを点けてゼリー飲料を啜る。うーん、プラスチック味。着替えてショルダーバッグ掛けてバケットハット被って部屋を出る。郵便受けには何もなし。暑いな。人通りはない。コンビニまで一人も見かけなかった。静かだ。みんな何してんだろ。コンビニの棚は昨日以上に空いている。ガラガラ。とりあえずゼリー飲料、栄養調整食品、カップ麺、冷凍食品、ペットボトルのお茶、一つずつカゴに入れていく。店員は今日も何も言わない。昨日と同じ人だった。この人、いつまで働いてるつもりなんだろう。こういうのって使命感なのかな。それとも単なる習慣的なものなのかな。何かしらやってたいとか。何かやるほどの時間、ないんだよなあ、とか思う。発症してからの人生は、ほとんどが眠っている間に過ぎ去っていく。あ、と、ふと思い立って、アイスを買った。コーンに入ったミルクとチョコのアイスクリーム。早く帰らないと溶けちゃう。急ぎ足で歩く。エレベーターがまだるっこしい。部屋に戻って一目散にアイスを冷凍庫に入れる。あれ、カップのアイスがある。いつ買ったんだろう……ま、いっか。
 お湯を沸かしている間に転がっていた本を読んだ。本というか、CDのブックレットだったけど。学生の頃に好きだったバンド、今でもときどき聴きたくなるけど、今は聴かずに歌詞を読んだ。カップ麺にお湯を入れる。カップ麺が食べ頃になるまでまた読む。こんなにちゃんと読んだの初めてかもしれない。やっぱり好きだな。と思ってすぐに、この好きは情熱より懐かしさや安心の方が大きいな、と思う。好きには変わりないし別にどっちでもいいんだけど。ゆっくり、意識してなるべくゆっくり麺を口に運ぶ。スマホを見てみる。相変わらずお知らせみたいなものしか来ていない。そりゃそうだ。あと二日で世界の終わりってときに連絡したい相手なんて、余程大事な人だろう、たぶん。家族も恋人も、親しいと言えるような友達もいないから正直よくわからない。母親は何年も前に冬眠病で亡くなった。文字通り、眠るように死んだ。それからしばらくして自分も発症した。ああ、としか思わなかった。ああ、自分も遠からずああいうふうに死ぬのか。遺伝性ではないとされているけれど、家族で発症することも珍しくないらしい。冬眠病発症のメカニズムはまだわかっていない。そもそもこの病気が何なのかもわかっていない。あと二日で世界が終わるなら、人類はこの病気についてほとんど何もわからないままってことだ。ニュースサイトの見出しは明日の天気やイベント、陰謀論らしき煽り文句にリラックス方法。世界は終わりに向かっているらしい。
 カップのアイスを掬って舐めながらSNSを眺める。うるさいくらい連投している人も結構いる。
「今何してますか」
 誰へのメンションでもない投稿。
 プロフィールを見てみると数ヶ月ぶりの投稿らしい。冬眠に向けて食べつつ、いつ買ったかわかんないアイス食べてるよ。心の中でだけリプライする。
「明日何しますか」
 冬眠に向けて食べて、コーンのアイス食べるよ。
 二つの投稿へのリプライは見なかった。
 お風呂に入って髪を乾かして歯を磨いてクーラーを消してベッドに入って電気を消す。冬眠が近いけどまだ、明日は目覚める。とりあえず寝よう、おやすみ。
 目が覚める。雨の音がする。ぼやっとした頭でゼリー飲料を取って啜る。頭の中も雨が降ってるみたいだ。テレビを点けてみる。
「おはようございます。世界の終わりまであと一日になりました」
 あと一日、かあ。テレビを消す。どうにも実感がない。何か食べたいな。ふわふわと台所を漁って栄養調整食品の箱を破く。袋がもどかしい。開けた拍子に小さな欠片がぽろぽろと床に落ちたけど気にしていられない。ぼり、囓る。かみ砕いて飲み込む。一本目を半分くらい食べたところで一呼吸、意識してゆっくり食べる。このペースで食べてたらあっという間になくなってしまう。頑張ってゆっくりゆっくり咀嚼する。ときどきお茶を飲む。ペットボトルの飲み物もあえてコップに入れる。一気飲み対策。一箱食べ終えたところで今日は何をしようか考えてみる。家ですることは特に思いつかない。かといって外での用事もないけど……雨降ってる中わざわざ出るのも嫌だし……頭の中が、ぼやけているような気分。何をする気にもなれない。強いて言えば、食べることくらい。食べたばかりでお腹は空いていないと言い聞かせる。とりあえず台所を出よう。こないだブックレットを読んだアルバムのCDをプレーヤーに入れる。動くかな。CDが回って、音楽が流れ出す。意外と大きな音が鳴ってびっくりして少し音量を下げる。やっぱり好きだな、このバンド、このアルバム。この人たちは今日は何をしてるんだろう。一枚聴き終えたところで限界だった。台所へ行って冷凍ピラフを温める。冬眠に入るにしたってどうせ世界の終わりなら食べ溜める必要もない気がするけど、体が欲するのに逆らえない。別に逆らわなくてもいい気もするし。ピラフを頬張る。真ん中が温かくない。途中でかき混ぜるのを忘れてた。インスタントのスープも飲む。少し落ち着いてきたかな。
 お風呂に入る。髪を乾かす。好きなバンドの別のアルバムを探し出してプレーヤーにセットする。聴きながら、コーンのアイスを食べる。おいしいし、なんかいいな、この時間。
 食べ終えてベッドに入る。クーラーを消そうとして、点けていなかったことに気づく。暑いわけだ。これから冬眠に入る。次に目が覚めるのは二五〇日後か三〇〇日後か……あ、世界終わるんだっけ。結局世界の終わりって何なんだろう。見たかった気もするけど、まぁしょうがない。おやすみ。

(2021.06.02/初出

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