その図書館の司書は規則正しい毎日を過ごす。毎朝同じ時間に目を開け体を起こし館内を回り利用者が来れば彼らが本を選びそれを手に旅立つのを見守る。
その建物は、廃墟の中で唯一無事に見えた。一見したところ窓も割れていないし壁や天井も崩れていない。中に入ると背の高い本棚がずらっと並んでいた。どこもかしこも本、本、本。なんとなくしか意味がわからない言語の本、こどもの頃見た気がする絵本、難しそうな専門書、見たこともない文字で書かれた本。こんなに紙の本があるところがあるのか。電子データになったり燃やされたりしたというのは歴史の授業で聞いた話。書名に惹かれて手に取った本は、厚みがあるわりに手に馴染む重さだった。開いて、並ぶ言葉を追う。小説だった。うんと過去か未来か、もしくはここではない世界。
足音にはっと顔を上げる。本棚の向こう、窓から入っている光の加減からすると、随分な時間読んでいたらしい。
「気になる本はありましたか」
足音の主が本棚の影から現れた。静かな人だ、と思った。
「はい。……すみません、なんだか没頭してしまって」
もう、行かなければ。暗くなる前には次の街に着かなければ。それほど遠くはないはずだけれど。
「いえいえ。よろしければ、借りていかれますか」
……それは無理だろう。返しに来られるかわからないのに。自分は再びここに来るだろうか。この廃墟に?
「物語はすべて複製してあります。いつでもその物語を必要とする方にお渡しできるように」
だから、気にせず持っていけ、という意味のことをその人は言った。
「その代わり――、もし必要なくなったら、またそれを必要とする誰かに託してほしいのです」
物語とはそうやって人から人へ渡っていくものなのです、とその人は淡々と言った。
それで、その本を荷物に加えて、再びバイクに跨がって廃墟の街を後にした。
その図書館の司書は規則正しい毎日を過ごす。棚の本は誰かの手に渡ればその複製が棚を埋める。物語はいつでも、誰かに開かれるのを待っている。機械仕掛けの司書は物語たちを複製し旅立つのを見守り、閉館時間とともに目を閉じる。
(20230408)
- 『日々詩編集室アンソロジーvol.1 わかち合い』寄稿作品
- 20260221再掲にあたり若干修正
